文化遺産マネジメントラボ

Cultural Heritage Management Laboratory

文化財を守り、生かすマネージャーに求められるもの

1.はじめに

文化財の保存(保存と活用)の取り組みは、所有者が行うことが原則です。しかし、所有者は文化財の保護制度についてあまりよく分かっていないという現状もあり、中には適切に維持・管理が行われなかったり、現状変更の手続きを怠ったりと、文化財として適切に管理が行われていないものもあります。また、平成30年の法律改正により文化財の活用の推進が求められる中、文化財の保護について指導する立場にある市町村においては、文化財保護条例を見直すとともに、これからは文化財についての新たな管理基準を儲け、これまで以上に文化財が適切に保存、活用されていくよう指導するとともに、自ら実践していくことが求められます。

 とはいってもこれまでの文化財行政は”守る”ことに重点が置かれ、”活用”することについては積極的ではなかったことから、すぐに指導するということは難しく、現場において文化財の保存・活用を推進する人(ここでは以下「マネージャー」といいます。)と協力して保存と活用の取り組みを進めていくことになります。マネージャーとは通常所有者から施設の管理・運営を委託された個人、NPO法人や任意団体の代表などです。マネージャーは文化財の価値を正しく認識した上で、それを適切に維持・管理し、正しく伝えていくための取り組みを実践しなければなりません。そういう意味ではマネージャーは誰でもいいという訳ではありません。そこで、今回はマネージャーに求められる「資質」とはどういうものなのかについて考えてみたいと思います。

2.保存と活用の取り組み

文化財の”保存”とは、文化財の価値を適切に維持・管理し将来に継承すること、また”活用”とは、文化財の価値を広く国民に伝える取り組みのことです。最近では積極的に施設を利用し、収入を増やして保存のための好循環をつくるという意味の方が主流になってきているともいえます。しかし、収益性だけを追求し失敗したら撤退するというような活用方法はあまり好ましいとはいえません。文化財の価値や地域の伝統、風習を大切にしながら、新たなノウハウを導入し、次世代につなげていくというような考えのもとにおいて活用が図られるべきであると思います。

 マネージャーにあたる人は文化財の所有者から施設の管理・運営を委託された個人、NPO法人や任意団体の代表などで、現場における実質の責任者にあたる人です(受付業務や清掃のみを任された個人は除きます)。彼らは地域づくりに積極的に関わる方、仕事を退職した方などが多く、かならずしも文化財の保護制度に精通したとは限りません。

 一般的な仕事としては所有者から依頼された保存のための取り組みのほか、市民や観光客など施設を訪問してくれた方々への対応です。しかし、多くの施設において国が求めるような活用が図られているか、というと疑問です。文化財を適切に維持・管理するとともに、文化財の本質的な価値を理解してもらうため、積極的に情報発信を行って集客を図るとともに、ガイドの育成、体験プランの造成などサービスの向上や地域への還元、いわゆる”活用”に資する取り組みが求められているのです。マネージャーは自分の役割を明確にして、しっかりとした体制をつくり、スタッフを有効に機能させていかなければなりません。

3.マネージャーの役割

(1)「保存」のための取り組み

 文化財を維持・管理するとは、日々の点検、清掃、除草、法定点検、災害時における確認や報告など文化財を維持していく活動のことです。文化財の基本は「現状変更」や「き損」であり、それらの意味や手続き方法を十分に知らないと、良かれと思って勝手に木を切ったり、小修繕などを行ったりしてお叱りを受けるケースが起こったりします。

 また、建物や史跡等の整備が行われ、最初は適切に維持・管理が行われていたものの、徐々におろそかになり、その後放置されたままという建物や遺跡などが少なからずあります。多額の費用を投じて整備されたのにもかかわらず、整備したことに満足してその後の維持管理を怠っていては文化財の価値を失い、また数年後に修理が必要になってしまいます。将来に継承するということは、文化財の本質的価値をいかにキープしていくかということです。日々決められたチェックを確実に行うことで、少しの変化も見逃さないという意識が重要になります。

 文化財を適切に維持・管理するためには、それに必要な予算を確保しなければなりません。しかし現実は「文化財は維持さえできていれば良い」との思いから、多くの文化財において”必要最小限”の費用、つまり受付の人件費、パンフレットの印刷費、修繕費、水光熱費、通信料、法定の点検費、自治会費など固定的な経費しか予算化されていません。指定文化財には交付税措置があり、毎年地方自治体に公布されていますが、それさえも知らないという文化財担当者もいます。

 また、将来の修理に備えた費用を積み立てるというのも、予算を確保することにおいて大切なことです。文化財の数は増えることはあっても減ることはありません。国や県の補助金はある程度総額が決まっていますので、それを各自治体で分け合う訳ですが、近年申請件数が多くなかなか予定通りに交付決定を得られないのが実情のようです。今後さらに文化財が増え続けていくと、すべての文化財に公平に補助金を公布できなくなるという状態になるのは必然であると思われます。そのためにも活用を図って自己収入を増やしていかなくてはなりません。

 自己収入の中心となるのは、文化財を最低限維持するための安定的な経費です。それを確保する3つの方法があります。

 ひとつめは行政や観光協会などからの補助金や交付金など安定的な経費をいただくことです。地域によっては文化財が地域の主要な観光資源となっており、地域を潤す核になっている場合は当然といえば当然です。

 次に、支援していただくファンを増やすことです。個人や民間を対象に会員になってもらい、会費を安定的に徴収して維持・管理の経費の一部に充てることができます。施設を維持するための経費なので賛同が得られやすく、年に一度は招待し、リピーター客として新たな客さんを連れてきてくれるようになります。

 そして三つ目に来館者を増やすということです。しかし、すでに認知された文化財を”利用”し、単独で企画展やイベントを実施しても効果は限定的です。活用については次のところでお話しますのでここでは省略しますが、”活用”は”利用”とは違います。”活用”は文化財の本質的価値を伝えるための取り組みです。それこそが文化財を適切に維持・管理することが重要であることの意味なのです。

(2)「活用」のための取り組み

 マネージャーは「保存」のための取り組みを前提として、文化財を”活用”して積極的に自己収入を増やす取り組みを行う必要があります。また、公的資金が投入される以上は、それを「地域へ還元」していくための取り組みを推進しなくてはなりません。単に施設を公開し、展示したものを見てもらうだけでは入館料以上の収入を得ることはできません。

 ”活用”のための取り組みとしては情報発信事業、人材育成事業、普及啓発事業があります。情報発信事業は、文化財を様々なコンテンツを活用して広く知ってもらうための事業。人材育成事業は、ガイドや文化財を守るための人材を育成するための事業。普及啓発活動は、企画展示や講演会等の開催、体験プランの造成、学習教材の作成など文化財の価値を学んでもらうための事業。

 先ほど紹介した自己収入を増やすための取り組みのうち、利用者を増やすための取り組みとしては、これら3つの事業を駆使し、旅行業者と連携して新たな旅行プランを造成するとか、専門の先生に協力してもらい体験プログラムを構築するとか、オリジナルグッズを製作し、販売することなどが考えられます。取り組みの成果いかんによっては視察や研修など受け入れることも可能で、それらを有料化することも方法の一つです。

 それぞれの具体的な方法については長くなるので別の機会にお話したいと思いますが、大切なことは、いずれも幅広い世代に対して、文化財の価値を幅広い年代に理解してもらうための取り組みでなければならないということです。もちろん、それぞれの事業をマネージャー一人でこなすことは困難ですので、そこで具体的な計画づくり、そして体制づくりが求められます。 

(3)計画づくり、体制づくり

 マネージャーが最初にやるべきことは、活用のための事業計画づくりですが、できたら商工会などの経営セミナーを受けてつくることをお勧めします。計画づくりにおいては、先ほどの3つの事業を具体化するため、関係者、関係団体と連携して実効性のある計画にしなければなりません。役所的な計画は必ず失敗します。また、文化財の維持・管理のためには少なからず公的資金、つまり税金が投入されています。単に自己の収益をあげるためだけの事業では地域から理解を得ることはできません。文化財が地域の歴史や暮らしを語る上でかかせない存在となるためには、地域の人々と積極的に関わり、連携するとともに、学校教育や社会教育のための研修施設として利用される取り組みが必要になるのです。マネージャーは地域の事をよく理解した上で、計画づくりを進める必要があります。

  より明確なプランがなければ人材の募集もできません。どんな事業に取り組むのかあいまいなままで人を採用すると、活用の取り組みは失敗に終わります。適当な人材がいなかったけれど、とりあえず人が必要なので仕方なく採用するということは避けなければなりません。もちろんどんな人でもうまく活かせば、すばらしい能力を発揮することもありますが、そこはマネージャーの人材活用能力にもよります。筆者の経験からすると、施設の規模にもよりますが、一つの文化財を活用するには最低でも5人は必要になります。

4.集客に大切なこと

(1)日本文化の理解

 文化財の活用を図るうえでもうひとつ大切なこととして、「日本文化」の理解を深めることがあります。文化財は有形、無形、民俗、記念物、重伝建など様々ですが、その多くが日本の伝統文化と深くかかわっているということに疑いを持つ人はいないでしょう。しかし、今日、それが全く無視されたまま”活用”されているということは残念なことです。

 筆者も長年にわたり地元のお琴の演奏集団の代表をつとめ、また地域の文化協会の事務局長として、地域の文化活動を行う人たちの活躍する場を提供してきました。そこで学んだことは、日本の伝統を大切にする精神、つまり「和」の心、つまり「おもてなし」の心です。合理性を追求し、結果のみを重視する今日の社会においてこうした伝統は軽視されがちです。文化財の活用においても単に合理性や収益性だけを重視した取り組みが”評価”される傾向にありますが、この「和」の心が抜け落ちていては文化財を守っていくことはできません。

 学問的な知識や仕事の経験があるから、というだけでは文化財を守り生かすためのマネージャーにはなれません。全国で活躍する人たちの中に、不思議に初めて出会ってもすぐに理解しあえる人がいますが、そうした人たちは仕事においても伝統の「和」の心を大切にしているように思えます。一方で何年も一緒に仕事をしてもお互いに理解しあえないのは、それがないからではないかと思っています。文化財を観光に生かす、つまりは人を「もてなす」ことを目的とした活動に携わるのであれば、ぜひ日本の文化、地域の文化に触れ、それを大切にする心を磨いていただきたいと思っています。

(2)人材育成と地域連携

 筆者の経験から、集客できる文化財かどうかは「文化財に関わるスタッフがその価値を正しく理解し、やりがいを感じ、活き活きと仕事に励んでいるかどうか」ということに尽きます。余程魅力的なものであれば別ですが、箱物展示(施設をただそのまま公開しているだけのこと)や定期的な展示替えだけでは人は来てはくれません。集客できる施設かどうかは、スタッフがしっかりと教育されているかいないかによると考えています。

 来館者は施設に入り、受付の人の応対により施設の良し悪しを一瞬で感じ取ります。単にお金を徴収するだけが目的の施設なのか、価値を伝えたくてたまらない施設なのかということです。施設側の伝えたいことと、来館者の知りたいことが一致すればお客さんは何度でも来てみたいと思うし、信頼できる人からならその提案に乗ってみたい(参加してみたい)と思うものです。地域の学校や公民館も文化財やそこでの活動に学ぶべき価値があり、かつ信頼できる人がいるから利用してみたいと思うのです。地域の人たちが望まない施設に遠方からわざわざ人が来るとは思えません。無理にでもお願いしないと来てくれない施設は、そもそも価値の伝え方、取り組みの方針に問題があると思わなければなりません。

 もうひとつ大切なことは、一番身近にいる市民が紹介してくれる施設になってくれているかどうかです。観光でまちを訪れるとき、まず最初に行くのが観光協会や道の駅などのガイダンス施設です。こうした施設はまちの旅館や観光施設、文化施設などと連携していることから、そこの関係者と強力なコネクションをつくっておくことで、文化財に関心を持ってもらい、優先的に案内してもらうことができます。SNSの時代になったとはいえ、「ウィンザー効果」いわゆる「口コミ」の効果はいまだ絶大なものがあります。これも相手に文化財の価値を伝えることができるからこその成果です。「うちには〇〇資料館があります。」だけでは魅力は伝わりません。「あそこに行くと〇〇が体験できます。」とか「〇〇が教えてもらえます。」というふうに言ってもらってこそ活用することの意味があるのです。

5.マネージャーに必要な3つの要素

 最後に、文化財の活用を推進する理想のマネージャーになるために必要な3つのことについて書いてみたいと思います。その3つとは「学ぶ」「考える」「生かす」です。

 一つ目は「学ぶ」です。筆者は文化財の専門家ではありませんでしたが、調査や指定、整備、その後の活用について積極的に取り組み、そして結果をだしてきました。その過程において文化財について学び、他の事例を大いに参考にしました。もちろん文化財について専門的な知識を持っていればいうことはありませんが、それがかえって仇になる場合もあります。大事なことは、知識や経験がなければ自ら学ぶということです。

 次は「考える」です。かつて行政で仕事をしていたときに、ある方から「あなたたちは頭が痛くなるまで考えてきたのか」と言われました。それをきっかけとして、課題を徹底的に洗い出し、その解決策について考えました。考えるといっても何もなければ考えられないので他の報告書や書籍を読みあさりました。考えたことは、その根拠となるデータや資料とともに企画書、計画書としてまとめ、上司や国、県への説明資料として活用することができました。

 三つ目は、「やり抜く」ということです。考え、学び、そして着手したことはコツコツと継続して最後までやり抜くことが大切です。そうした取り組み姿勢を市民をはじめ、国や県の担当者は見ています。注意しなければならないのは、実際に動くのは自分ではなく組織のスタッフたちです。マネージャーはマネージャーとしての役割、つまり計画をつくり、そして組織を十分に機能させることに集中しなければなりません。

6.まとめ

文化財は過去から現在に伝えられ、そして未来へと伝えていかなくてはなりません。現在を生きる我々には、文化財の価値を守るとともに、次世代に確実に伝えていくという責任があるのです。また、指定されている文化財だけを守っていけばいい、というわけでは決してありません。時代によって文化財制度は変わり、保存対象も変化していきますので、未指定文化財についても総合的に把握し、あらゆる可能性に対応できるよう常に意識を持つ必要があります。

 また少子高齢化、地球の温暖化等により文化財を守る環境も刻々と変化してゆきますし、インバウンド需要などにより文化財に対する社会的ニーズも変化します。そうした変化に適切に対応していかなければ文化財を適切に守っていくことはできません。

 マネージャーは、文化財の専門家だからとか、社会経験があるからというだけで務まるものではありません。自分の専門分野のことしか対応できないとか、与えられた課題をこなすことだけに意識が向けられていると、文化財の本質的な価値を伝えるどころか失うことになりかねません。幸か不幸か、もしあなたが文化財を保存・活用する責任者、すなわちマネージャになったら、常に関係者および有識者と課題を共有し、それを解決していく方法を模索し、行動し続けることに意識を集中することをお勧めします。

(参考文献)

・牧瀬実『地域づくりのヒント』2021 社会情報大学院大学出版部                

・アンジェラ・ダックワース『やり抜く力-人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』2016 ダイヤモンド社                

・岡田庄生『お客様を買う気にさせる「価値」の見つけ方』2015 中経出版

・P.Fドラッカー『【エッセンシャル版】マネジメントー基本と原則』2001 ダイヤモンド社

Follow me!

PAGE TOP